【超訳】1984第二部 第5章|同僚のデリートと、水晶の中の独立サーバー

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サイムが消えた。ある朝、彼のログイン(出勤)が確認されず、数人の不用意なユーザーが不在を指摘した。翌日、彼のログは誰も追わなくなった。三日目、ウィンストンが掲示板(ディレクトリ)を確認すると、チェス委員会のメンバーリストからサイムのIDだけが完全に抹消されていた。
それで十分だった。サイムという実体(インスタンス)は消去され、最初から生成(存在)すらしていなかったことになった。

外界は地獄のような高熱に晒されていた。迷宮のような各省庁は空調で一定の温度を保っていたが、一歩外に出れば舗道は足を焼き、ラッシュ時の地下鉄の悪臭は全感覚を麻痺させるノイズだった。
「ヘイト・ウィーク(憎悪週間)」への準備は全リソースを投入したオーバークロック状態。全職員が残業し、パレード、集会、プロパガンダ動画、テレ画面の特別プログラムの構築に追われた。フェイクニュースの量産、スローガンの鍛造、写真の合成――真実の改ざん(パッチ当て)が24時間体制で行われた。

ロンドン全域に、キャプション(説明文)のない新しいポスターが貼り出された。数メートルの巨体で、無表情なユーラシア兵が銃口をこちらに向け突進してくるグラフィック。どこからアクセスしても銃口が自分にロックオンされているように見えるその絵は、ビッグ・ブラザーの肖像を上回る数で街を埋め尽くした。
同時に、市街地の特定セクターで「意図的なインフラ・クラッシュ」が頻発した。
娯楽サーバーがダウンし、VRギアがブラックアウトし、お気に入りの「低俗なコンテンツ」へのアクセスが断たれる。そのたびに、プロレたちは依存先を失った禁断症状で狂乱し、その怒りを「外敵のサイバー攻撃」のせいだと刷り込まれ、愛国心へとコンバートされていった。
あるセクターでは、配信停止に絶望した群衆が、スパイの疑いをかけられた老夫婦の「全アカウント」をハックして凍結に追い込み、彼らを社会的な死(シャドウバン)へと追いやるという、凄惨な「集団リンチ(通報祭り)」まで起きた。

そんな喧騒の中、チャリントン氏の店の2階――「独立サーバー」は二人にとっての楽園だった。高熱でトコジラミという名のバグが大量発生していたが、そんなことはもはや些末な問題だった。二人は闇市で手に入れた胡椒(セキュリティ・ツール)を撒き、重い作業着という属性を脱ぎ捨て、汗まみれのハードウェアで愛し合った。

6月の間に、二人は7回アクセス(密会)に成功した。ウィンストンはあんなに依存していたエナジードリンク(安物の精神安定プログラム)を必要としなくなっていた。
身体のスペックが向上し、朝の咳き込み(システム・ノイズ)も止まった。あの隠れ家が存在することを知っているだけで、彼の人生というOSは劇的に安定したのだ。

管理人のチャリントン氏は、記憶のアーカイブからさらなる「失われたコード(童謡)」を掘り出してみせた。商売人というより、役立たずのジャンクデータを愛でる「コレクター」のような彼は、ウィンストンにとって絶滅危惧種のようだった。

二人は、この「脆弱な接続」が長くは続かないと分かっていた。
迫りくるデリート(死)が、横たわっているベッドと同じくらいリアルに感じられる瞬間もあった。だが、この部屋にいる間だけは、安全だけでなく「永久的なアーカイブ」の中にいるような錯覚を得られた。ガラスのペーパーウェイトという名の「不変のストレージ」に入り込み、時間をフリーズできるような気がしたのだ。

「カトリーヌ(元嫁)というバグが消えて、正式に結婚できたら」
「プロレの街に偽装アカウントを作って、一生潜伏できたら」
そんな非現実的な「IFルート」を語り合うこともあった。
だが、そんなものは気休めだと理解していた。現実には脱出路(エスケープ)などない。それでも、次のブレス(呼吸)を吸い込まずにはいられないプログラムのように、「未来のない現在(いま)」を1秒でも長くパッチで繋ぎ止めようとする本能を、二人は止めることができなかった。

時折、二人は「システムへの積極的な攻撃(反逆)」をシミュレートしたが、具体的な実行コードは一つも持っていなかった。ウィンストンが管理者(オブライエン)との奇妙なシンクロニシティを語り、「自分はバグだ、助けてくれ」と直談判したい衝動を明かしても、ジュリアはそれを「無謀なアクセス」とは見なさなかった。彼女にとって、全ユーザーが裏ではシステムを憎んでいるのはデフォルトの設定(既定路線)だったからだ。

だが、彼女は「組織的なレジスタンス」という概念を信じなかった。ゴールドスタインやアンダーグラウンドの軍勢など、システムがユーザーを統制するために流した偽のパッチ(デタラメ)だと断じた。

彼女の直感は、時にウィンストンの論理を凌駕した。「ロンドンへの爆撃は、運営(政府)による自作自演の『恐怖マーケティング』よ」と言い放ち、ウィンストンを驚かせた。
その一方で、自分の生活に直結しない「歴史のアーカイブ」には驚くほど無関心だった。党が飛行機というデバイスを発明したという嘘も、4年前に敵対サーバー(敵国)が入れ替わった事実も、彼女にとっては「どうでもいい仕様変更」に過ぎなかった。

ウィンストンが、かつて掴んだ「ログ改ざんの決定的証拠」について語っても、彼女は「それで、何パケットの得があるの?」と問い返す。次世代のために記録を残すという発想は、彼女のメモリには存在しなかった。「私が興味あるのは、今、この接続(わたしたち)だけよ」

「君は、腰から下のハッカー(反逆者)だな」
ウィンストンがそう揶揄すると、彼女はそれを最高のジョークだと受け取り、彼にハグを返した。

イングソックの理論や二重思考(ダブルシンク)のロジックを説明しようとすると、彼女は即座にスリープモード(居眠り)に入った。
皮肉なことに、党の洗脳は「理解力の欠如」という最強のファイアウォールを持つ者たちに、最も完璧に機能していた。彼らは要求されることの異常性を理解できないがゆえに、すべてを無批判にスワロー(嚥下)し、精神を汚染されることもなかった。未消化のまま排泄される穀物のように、党の嘘は彼女の精神を素通りしていくだけだった。

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