【超訳】1984第二部 第4章|「圏外」のワンルームと略奪品

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チャリントン氏の店の2階。
ウィンストンは、埃が粒子となって舞うその「脆弱な空白地帯」を見渡した。
窓辺の巨大なベッドにはボロ布が積み重なり、マントルピースの上ではアナログな12時間時計が、現代のデジタル刻限を拒絶するようにチクタクと時を刻んでいる。隅のテーブルでは、先日買ったガラスのペーパーウェイトが、深海に沈む宝石のように、薄暗がりの中で静かに発光していた。

「狂気の沙汰だ(Folly, folly)」
心臓が激しい警告ログを吐き続けている。党員がこれほど「隠蔽不可能なオフライン」を持つこと。それは、99の次に100が来るのと同じ確実さで、死(Ministry of Loveへの連行)を意味する。
だが、あの石切場での出来事が、彼の思考回路を書き換えていた。

チャリントン氏は、この部屋を貸し出す際に驚くほど無関心を装った。
「プライバシーは貴重なものです」
彼は遠くを見つめ、まるで自分自身が背景に溶け込んで透明になるような仕草で言った。
「誰しも、一人になれる場所が必要です。それを知ったとしても、黙っておくのがマナーというものでしょう」
そう言い残し、彼は裏口の存在を、まるで「システムの隠しコマンド」を教えるように囁いて消えた。

窓の下では、洗濯物を干すプロレの女が、力強い歌声を響かせている。
「それは叶わぬ空想。一瞬で消えるキャッシュ……」
執筆機(ヴァーシフィケーター)から出力されたゴミのような歌詞を、彼女は「生身の感情」で肉体化していた。
ここにはテレ画面の波形がない。その事実が、ウィンストンに奇妙な静寂と、恐ろしいほどの自由を与えていた。

そもそも、なぜ彼はこんな「自殺行為」に走ったのか。
脳裏をよぎるのは、元妻カトリーヌという名の「完璧なバグ無しOS」だ。
彼女は党のスローガンをそのまま肉体化したような存在だった。週に一度の「党への義務(性行為)」を、彼女は顔を背け、硬直した肉体で、まるで「アップデートの強制再起動」を受け入れるようにこなしていた。
ウィンストンは、そんな「死んだ愛」の反動として、今、ジュリアという「ナマの熱」を求めて、自ら墓穴を掘っている。

階段を駆け上がる足音。ジュリアがログイン(入室)してきた。
彼女は茶色の工具鞄を放り出すと、膝をついて中身をぶちまけた。
スパナやドライバー――それらは単なる「偽装(ダミー)」だ。その下から現れたのは、党の中枢(インナー・パーティー)しかアクセスできない「ハイエンド・パケット(特権物資)」の数々だった。

「本物の砂糖よ。ケミカルなサッカリンじゃない。それと白パン。あんな合成ゴムみたいな代物じゃない、本物の小麦。それからジャム。でも、これを見て。私の一番の自慢よ」
彼女が布を解く。その瞬間、部屋の空気の解像度が跳ね上がった。
幼少期のメモリーの奥底に眠っていた、あるいは特権階級のエリアを通る時にだけ微かに検知される、あの重厚で熱い香り。

「コーヒーだ」彼は、OSのバグを修正されたかのように呟いた。「……本物の、コーヒーだ」
「中枢(インナー)専用の、純正1キロ分よ。あいつら豚どもが独占しているハイエンド素材ね。サーバー管理(使用人)の連中が横流ししたの。見て、お茶もあるわ。雑草を乾燥させたゴミじゃない、本物よ」

ウィンストンは彼女の横にしゃがみ込み、包みの端を引き裂いた。
「……これは本物の紅茶だ。ブラックベリーリーブス(雑草の代用品)じゃない」


「最近、紅茶のパケットがよく流出してるわ。インドのサーバーを制圧したか何かでしょ」ジュリアは適当なログを吐いた。「それより、3分間だけ背を向けて。ベッドの端に座ってて。窓のセンサー(視線)には気をつけて。私がアクセス許可(許可)を出すまで、リロードしちゃダメよ」

ウィンストンはカーテン越しに、下層レイヤー(中庭)を眺めた。プロレの女が、まだ「非公式な鼻歌」を響かせている。
「時間はログを消去すると言う。忘れられると言う。けれど蓄積された笑顔と涙が、今も私のコアを締め付ける……」
彼女はAIが生成したゴミのようなデータを、生身の感情で肉体化していた。党員が自発的に歌うことは、システムへの反逆(バグ)に近い。歌を歌えるのは、生存限界(スタベーション・レベル)にいる人間だけなのかもしれない。

「リロード完了(向いてもいいわよ)」

振り返ったウィンストンは、視覚センサーがエラーを起こした。全裸のモデルを期待していたが、現実はもっと「過激」だった。彼女は「メイクアップ」という名のUI変更を行っていた。
プロレのマーケットで拾い集めた「旧世代のプラグイン(化粧品)」。真っ赤なリップ、彩度を上げた頬、白粉で補正された鼻先。
不器用な調整(チューニング)だったが、ウィンストンにとってそれは衝撃だった。党のテンプレートに従わない彼女は、ただ美しいだけでなく、圧倒的な「女」として再定義されていた。

「香水(パルファム)まで!」
「ええ。次は本物のドレスを手に入れて、このクソみたいなユニフォームをデリートするわ。シルクのストッキングにハイヒール。この部屋では、私は党の端末(同志)じゃない。『女』という個体になるのよ」

二人は「党員」という属性(服)を脱ぎ捨て、マホガニーのベッドという「非公式サーバー」に潜り込んだ。ウィンストンが自分の脆弱な肉体(ハードウェア)を晒したのは初めてだった。二人はそのまま、束の間のスリープモードに入った。
覚醒した時、時計は21時を回っていた。夕日の黄色い光が、オーバーヒートした鍋の蒸気を照らしている。

その瞬間、ジュリアが緊急回避(ジャンプ)した。靴という名の「物理パケット」を部屋の隅へ高速で投擲した。
「何が起きた?」
「ネズミ(ワーム)よ。壁の綻びから汚い鼻を突き出してた。一時的なキック(威嚇)は成功したわ」
「ネズミだと……! このクリーンなはずの部屋にか!」
「どこにでも潜んでるわ。寮のキッチンにもね。ロンドンのスラムじゃ、赤ん坊のデバイスを直接攻撃してくることもある。茶色の巨大な奴がね、あいつらはいつも――」

「接続を切れ(言うな)!」ウィンストンは目をきつく閉じ、叫んだ。
顔面蒼白の彼を、ジュリアは「肉体の熱」で再起動しようとした。ウィンストンの脳内には、幼少期からループする悪夢(バグ)があった。暗闇のファイアウォールの向こうに、直視すれば精神が崩壊する「何か」がいる夢。彼は、その「何か」の正体を知っているが、それをロードすることを本能的に拒絶していた。

「すまない、単なるエラー(嫌悪感)だ。……僕はただ、ネズミというバグが嫌いなだけなんだ」

パニック・ログはすでに消去されつつあった。
ウィンストンは自らの「脆弱性」を恥じながら、ベッドに身を横たえた。ジュリアはオーバーオールをロード(着用)し、コーヒーをドリップした。その強力な芳香がパケット漏れを起こさぬよう、二人は窓を完全にシャットした。サッカリンという名の安物コードに慣らされた舌に、本物の砂糖がもたらす「絹のようなUI」が染み渡る。

ジュリアはパンとジャムを片手に、部屋という名の「レトロな階層」を徘徊した。古い12時間計をデバッグするように眺め、ガラスのペーパーウェイトを光の下へ持ち出す。

「これ、何のデバイス?」
「何の意味もない。実用的な機能(アプリ)が一切ないんだ。だからこそ価値がある。これはシステムが書き換え損ねた、歴史の断片だ。解読コードさえあれば、100年前から届いたオフラインのメッセージなんだよ」

壁の古い版画を見ながら、ウィンストンはチャリントン氏から授かった「古い暗号(数え歌)」を口ずさむ。
「オレンジにレモン、セント・クレメントの鐘が鳴る」
すると、ジュリアが続きのコードを補完した。
「三ファージングの貸し、セント・マーチン。いつ決済するの、オールド・ベイリー……」
「最後はこうよ。『あなたを寝かせるキャンドル、あなたをデリートする処刑斧!』」

それは、分断されていた二つのキーが合致した瞬間だった。

部屋の輝度が落ち始める。ウィンストンは光を求め、ガラス玉の奥底へ視線をダイブさせた。
魅了されたのは中の珊瑚ではなく、その内部の「奥行き」だった。空気のように透明でありながら、そこには無限のストレージがある。ガラスの表面は全天のドームであり、その中には独自のOSを備えた小宇宙が密閉されている。
彼は、自分たちがこの部屋ごと、その中にインポートされている感覚に囚われた。
ペーパーウェイトはこの部屋そのもの。そして中心の珊瑚は、水晶の奥底で「永遠」という名の静止画(フリーズ)に固定された、彼とジュリアの生命そのものだった。

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