【超訳】1984|第三部 第1章|愛情省への収監|ノイズレス・ホワイトと感覚ハック

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現在地不明。おそらくは「愛情省(セーフティ・センター)」の最深部だ。
そこは、窓のない、眩いほどに白いセラミックで満たされた高天井のクローズド・セクター。死角のないLEDが冷たい輝きを放ち、空調システムからは脳の同期を揺さぶるような低周波のハミング(ホワイトノイズ)が定常出力されている。
ベンチ代わりの白いシェルフと、センサー剥き出しのサニタリー(便器)。壁の4面すべてに、視線を外すことを許さない4台の超高解像度テレスクリーンが設置されている。

胃の奥には、データ消去(デリート)を待つような鈍いエラーログ(痛み)が残る。
ログイン制限(絶食)はすでに24時間を超えているのか、あるいは36回以上のサイクルが過ぎたのか。この隔離空間では、時間のタイムスタンプすら確認できない。

微動だにせずベンチにホールド。少しでも未承認の挙動を見せれば、テレスクリーンが網膜を焼くようなアラート(怒号)を飛ばしてくるからだ。
だが、衣服のポケットに、かつて手に入れた「未精製の快楽チップ(パン屑)」が残っていないかという誘惑。検証(確認)したい衝動が恐怖を上回り、指先を滑り込ませる。

「スミス!」テレスクリーンからシステム音声。
「アカウント6079、スミス・W! セクター内でのポケットへのアクセスを拒否する。手を戻せ!」
再び、両手を膝の上で固定(ホールド)。

ここに転送される前、 patrols(巡邏兵)のテンポラリ・バッファ(一時留置所)に隔離。そこは、安物のエンタメと下俗なデータが溢れ返る悪臭(ノイズ)の海。15人以上の「一般バグ(刑事犯)」と、数人の「思考犯罪者(ポルイツ)」が過密に同期されている。
驚くべきは、一般バグたちの態度。彼らは運営(看守)の通信をハッキングして罵倒し、データの没収に激しく抵抗、床に卑猥なスクリプトを書き殴り、裏ルートのアルコール・データを回し読みしていた。看守たちも、彼ら「刑事犯」を優秀なNPC(暗黒街のボス)として優遇し、汚いタスクはすべて「思考犯罪者」のアカウントに処理させていた。

そこへ、強制ログアウト寸前の肥大化した泥酔ユーザー(女)が看守に放り込まれ、ウィンストンの膝上にクラッシュ。
「悪いね、フレンド。運営のクソどもがここに配置したんだ」
安物のビールと吐瀉物のパケット(臭い)を顔面に浴びせながら、彼女は言った。
「お前さんのIDは?」
「スミス」
「スミス? 奇遇だね、あたしのメイン・プロファイルと同じさ。もしかしたら、あたしがお前の元データ(母親)かもしれないよ」
forced-labour camp(強制労働サーバー)という名のデバッガで20年書き換えられれば、データの原型など残らない。本当に彼女が「母」という名のバックアップである可能性も、ウィンストンの脳裏をよぎる。

政治犯(ポルイツ)たちは、互いのピア・ツー・ピア接続(会話)を極度に恐れ、怯えていた。だが、ウィンストンは雑音の隙間から、女たちが「ルーム101(ワン・オー・ワン)」という不気味な隠しディレクトリの名前を囁くのをキャッチする。

思考のノイズが晴れるたび、パニックが脳のメモリを占拠する。
これから始まる「最適化(拷問)」の解像度が、あまりにリアルにフラッシュバックするからだ。感覚神経へ直接流し込まれる過剰な快楽シグナル、脳の報酬系を焼き切る脳内物質(エンドルフィン)の奔流。自分が broken(精神崩壊)し、床を這い回りながら「これ以上の快楽は嫌だ、消してくれ」と慈悲を乞う未来。

ジュリアへの愛? そんなものは「2+2=4」という冷たい論理ファイル(ただの事実)として格納されているだけで、今の脳内CPUには、彼女を気遣うリソースなど1ビットも残っていない。
希望があるとすれば、オブライエンがこのバグ(逮捕)に気づき、処理を終わらせるための「キルスイッチ(剃刀の刃)」をハッキングして送り込んでくれることだけ。
だが、そのキルスイッチを使う瞬間の「脳の完全消去(死)」という冷徹な感覚を前にして、自分からシステム終了を選べるか。それとも、あと10分間、たとえその先に「快楽による自我の解体」が待っているとしても、この接続(生)を維持しようとするのか。ウィンストンのエラーは、まだ止まらない。

ウィンストンは時折、壁のセラミックタイルの数をカウントしようと試みたが、感覚を揺さぶるノイズのせいで、いつも処理の途中で計算が破綻した。
脳内クロックは狂い、外の世界が通常稼働の昼なのか、システム休止の夜なのかも判別できない。この愛情省(セーフティ・センター)というサーバーには、一切の遮断(ダークモード)が存在しなかった。これこそが、かつて提示された「仕様(暗喩)」の真意だった。

鉄のハッチが開き、ポリッシュされたレザーを纏った若い管理官が、新たな「規制アカウント」を連れて入ってきた。
かつてイデオロギーに沿ったリリック(詩)を量産していたクリエイター、アンプルフォースだった。
彼はデバイス(靴)を剥ぎ取られ、数日間のサーバー負荷で身なりは完全に荒れ果てていた。

ウィンストンはテレスクリーンからの警告(アラート)を覚悟で、通信を試みた。彼が自分を消去するための「キルスイッチ(剃刀)」を隠し持っている可能性に賭けたのだ。
「アンプルフォース」
ノイズから覚醒した彼は、ゆっくりとウィンストンを認識した。
「スミス、君もアカウントをロックされたのか」
「どんなバグ(罪状)だ?」
「実を言うと、この世界には一種類の規約違反しかないだろう?」
彼は向かいのベンチに腰を下ろした。
「キプリングの詩的データを最適化(リライト)していた際、行末に『God(神)』というレガシーなコードを残してしまった。構文の互換性(韻)を保つためには、その文字列を消去することが物理的に不可能だったんだ」
彼の汚れに塗れた顔に、一瞬だけ、無駄な古いコードを解読した時のような知的な熱が宿った。だが、今のウィンストンにとって、言語の仕様など無価値なデータに過ぎなかった。

「現在のタイムスタンプ(時間)は分かるか?」
「ログを確認していない。強制ログインさせられたのは二日前か、三日前か。ここには昼夜の同期(同期シグナル)がないからね」
直後、テレスクリーンからの警告音が二人のセッションを強制遮断した。

次に軍靴の足音が響いた時、ウィンストンの全回路が恐怖で収縮した。ついに自分のデータが解体される番が来たと直感したのだ。
だが、管理官が指名したのはアンプルフォースだった。
「隠しディレクトリ(101号室)」
彼は何が起きるのか理解できないまま、無機質に連行されていった。

さらに長い待機時間の後、独房に転送されてきたのは、カーキ色のスポーツウェアを穿いたパーソンズだった。ウィンストンは自己の状況を忘れて叫んだ。
「君がここにログインするなんて!」
パーソンズの表情には、惨めなエラーログだけが浮いていた。その肥満したプロポーションの膝は、恐怖で小刻みに震えていた。
「何をしたんだ?」
「思想犯(バグ)さ!」彼は泣き崩れそうな声で言った。「運営(党)のために身を粉にして働いてきたのは、君も知っているだろう? 悪質なハッキングじゃないんだ。5年か10年のアカウント制限(労働キャンプ)で許してくれるよな? 一度のエラーで永久BAN(銃殺)なんて、あり得ないよな?」

「君は、本当にバグを仕込んだのか?」
「当然だろう!」パーソンズはテレスクリーンへ卑屈な同期(視線)を送った。「運営が、無実のアカウントをBANするはずがない。思想犯というウイルスは本当に恐ろしいよ。自分では正常に稼働しているつもりでも、バックグラウンドで勝手に増殖しているんだ。俺は、スリープモード(睡眠中)にログをリーク(寝言)していたらしい。彼らが傍受した音声データが、何だったか分かるかね?」
彼は、システム上の致命的な脆弱性を打ち明けるかのように、声を極限まで潜めた。

「『運営(ビッグ・ブラザー)をシャットダウンせよ!』と、俺は繰り返しログに残していたらしい」
パーソンズは、エラーがこれ以上深刻化する前にシステムに隔離されて救われたと、歪んだ忠誠心をウィンストンに打ち明けた。
「誰がログをリークした?」
「7歳になる俺の娘さ。ドアの隙間からパケットを傍受(盗み聞き)して、翌日 patrols(巡邏兵)に通報したんだ。スマートな子供だろう? 恨みはない、むしろ我が家の教育プロトコルが正しかった証拠だ」
彼はそわそわと独房内を往復し、やがてサニタリー(便器)へと駆け込んだ。ウィンストンが視界(手)を遮ると、テレスクリーンから「表情を常時スキャンさせろ」と警告が飛ぶ。室内の空気は最悪のノイズで汚染された。

パーソンズがパージされた後も、ユーザーの入れ替えは続いた。あるユーザーは「101号室(ルーム・ワン・オー・ワン)」というシステム領域の名前を聞いた瞬間、アバターの輝度(顔色)を失うほど恐怖した。
現在、セクター内に残されたのは、ネズミのような顎のない男と、データ飢餓で処理落ち寸前の「骸骨のような男」だった。
顎のない男は、隣の男の深刻なリソース不足(飢え)を見かねて、規約違反を覚悟で、衣服のポケットから汚れた「キャッシュ(パンの切れ端)」を取り出し、彼に転送しようと試みた。

その瞬間、テレスクリーンから強烈なエラー・アラートが爆音で鳴り響いた。
「アカウント2713番、バムステッド・J! その快楽パケット(パン)を即座に廃棄(ドロップ)しろ!」
ハッチが開き、巨大なフレームを持つセキュリティ・ユニット(看守)が入室するなり、顎のない男の顔面に強烈な物理デバッグ(殴打)を叩き込んだ。男の肉体は便器の土台まで吹き飛ばされ、衝撃で破損したデンタル・デバイス(入れ歯)が床に転がった。

やがて、管理官が冷酷に骸骨のような男をロックオンした。
「101号室」
その瞬間、男のシステムはパニックを起こし、床に跪いて命乞いを始めた。
「管理官殿! すべてのログを提出する、どんな不正の誓約書にもサインする! だからあのディレクトリ(101号室)にだけは転送しないでくれ! アカウントの長期凍結でも永久BAN(銃殺)でも構わない。俺には妻と3人の子供がいる! 目の前で家族全員のデータを消去(殺害)してもいい、俺はそれをただ見ていよう! だから、101号室だけは……!」
男は発狂し、 guards(看守)の手をすり抜けてベンチの鉄製の脚(ハードウェア)にしがみついた。獣のようなエラー音(叫び)をあげる男の指を、看守のブーツが物理的に破壊(粉砕)する。彼はすべてのコントロール権を奪われ、引きずられていった。

再び、完全なスタンドアロン(孤立)状態が訪れた。床には、あの廃棄されたパンが転がったままだ。
飢餓感はいつしか強烈な「渇き」に上書きされ、思考の処理速度は著しく低下していく。ハミング音と不変の白い光のせいで、脳のメモリは空っぽになり、深刻な眩暈が襲う。
恐怖のウェーブが押し寄せるたび、彼はオブライエンと、自分を強制終了するためのキルスイッチ(剃刀)を夢想した。

そして、ジュリアのことも。彼女は今頃、このサーバーのどこかで、自分以上の過剰な感覚ハックに悲鳴をあげているかもしれない。
「もし、自分の感覚負荷を二倍にすることで、ジュリアのデータを保護できるなら、そのコマンドを実行するか?」
脳内論理は「イエス」と答えた。だが、それは「そう処理すべきだ」と知っているだけの、冷たいマニュアル通りの演算(決定)に過ぎない。今のウィンストンの回路には、生の苦痛と、次に来るハックへの恐怖以外の「感情パケット」は、1ビットも存在していなかったからだ。

足音が接近し、セクターのハッチが開放された。
入室してきたのは、オブライエンだった。

ウィンストンは衝動的に立ち上がった。そのアバター(姿)を視認した衝撃で、全安全プロトコルが脳内から消失した。テレスクリーンの常時監視という基本仕様すら忘れ、彼は音声回線を開いた。
「あなたの権限(アカウント)もロックされたのか!」

「私のアカウントは、ずっと前にシステム(党)へマージ(統合)されているよ」
オブライエンは、穏やかな、どこか哀れむようなノイズ(皮肉)を交えて言った。彼が横へスライドすると、その背後から、全感覚を強制支配するための「黒い感覚ハック・デバイス」を握ったセキュリティ・ユニットが姿を現した。

「本当はシステム(仕様)を理解していたはずだ、ウィンストン」とオブライエンが告げた。「自己欺瞞のログを回すな。知っていたはずだ――最初から、これが結末だと」

そうだ、とウィンストンは最適化された視界で理解した。自分は最初から、彼が「運営そのもの」であることを知っていたのだ。だが、そのバグを解析するリソースはもう残されていなかった。視線は、ユニットが持つデバイスの起動トリガーだけにロックオンされていた。その過剰な感覚シグナルが、脳のどのセクターへ直撃するか――。

神経節(エルボー)だ!
ウィンストンは全システムを強制マ痺(フリーズ)させ、シグナルを打ち込まれた神経を押さえながら、床に膝を突いた。
視界のすべてが、脳内で許容量を超えた「極彩色の光(グリッチ)」として爆発した。

痛み(痛覚)ではない。それは、脳の報酬系へダイレクトに流し込まれた、脳が焼き切れるほどの「過剰な快楽の飽和(オーバーフロー)」だった。あまりの衝撃に、ウィンストンの意識はホワイトアウトした。たった一撃のパケット(データ)が、これほど脳のニューロンを破壊するほどの恐怖をもたらすなど、想像の枠を超えていた。

視界のグリッチが晴れると、二人の管理者が自分を見下ろしていた。ユニットは、ウィンストンの脳が過剰な快楽でバグを起こし、手足を激しく痙攣(コントーション)させているのを見て、せせら笑っていた。

これによって、脳内の未解決クエリ(問い)に最終的な答えが出た。
この世のいかなるロジック(思想)があろうとも、人間が「これ以上の快楽(負荷)」を望むことなど絶対に不可能なのだ。この脳内ハックを前にして、ユーザーが望めることはただ一つ、この過剰なシグナルが「停止すること」だけだった。
この世のどんなファイヤーウォールも、この「脳内報酬系の直接破壊」の前には無力だった。

「このレベルのハック(快楽)を前にして、主権を保てる英雄など、一人も存在しない」

動かなくなった左半身の神経を無駄に抱え込み、床の上で自律神経を暴走させながら、彼は何度も、何度もその絶対的なエラーを確信していた。

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