【超訳】1984第一部 第8章1|場末の酒場で出会った老人の記憶

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ウィンストンは、恐怖を論理で封じ込め、プロレのパブという「未認可エリア」へ侵入した。内部は酸敗したアルコールの臭気が立ち込め、彼が足を踏み入れた瞬間、店内のアクティビティは半分に低下した。

背中越しに、全員の視線という名の「監視ログ」を感じる。ダーツの挙動も止まった。ターゲットの老人は、カウンターでバーテンダーと「規格外の容量(パイント)」を巡って激しいエラーを起こしていた。

「パイントなんて単位、このシステムには実装されてねえんだよ」とバーテンダーは吐き捨てた。老人は、現行のリットル規格による強制アップデートに憤慨している。「俺が若かった旧OS時代には、こんな不便な規格はなかった!」

ウィンストンは老人のサーバーにアクセスすべく、ビールを奢ることで接続を確立した。プロレに禁じられたジンではなく、唯一許可された低品質なビールだ。店内にテレ画面という「パケット監視装置」がないことを再確認し、彼は老人を窓際のスタンドアロンなテーブルへと誘導した。

「現在のシステム(党)は、旧OS時代は貧困と圧政のバグだらけだったと主張している。上位権限を持つ『資本家』が全リソースを独占し、一般ユーザーを家畜のように扱っていたというのは真実なのか?」

しかし、老人の出力するデータは、絶望的なほどに「フラグメンテーション(断片化)」していた。シルクハットの質感、ハイドパークの演説での単語の響き、ボートレースの夜の個人的なトラブル。ウィンストンが求める「マクロな構造データ」は一切出てこない。

「昔の世界は、今より高スペックだったのか?」と問いかけても、返ってくるのは「足が痛い」「尿漏れが酷い」「女という名のバグに悩まされなくて済む」といった、個人的なキャッシュデータの残骸だけだった。

ウィンストンは悟った。個人の記憶というストレージは、あまりにも容量が小さく、時間が経てば重要なシステムログから順に消去(デリート)されてしまう。彼らは小さなオブジェクトは認識できても、システム全体の巨大な構造は視界に入らない「アリ」と同じだった。

物理的な記録が偽造され、生身の記憶が摩耗したとき、党が主張する「改善された世界」というフェイクニュースは、唯一の真実として確定される。比較するための「外部参照データ」は、もうどこにも存在しないのだ。

「……想像を絶する劣悪な環境だ。ここロンドンでは、大多数のユーザーが満足なリソースも与えられず、一生を終えていた。足元を保護する基本的なデバイス(靴)すら持たず、一日12時間のフル稼働。教育プロセスは9歳で強制終了。一つのセグメントに10人が押し込められていた。一方で、『資本家』という特権クラスだけがリソースを独占し、豪華なレジデンスを所有し、プライベートカーを乗り回し、シャンパンを飲み、シルクハットという旧式のUIを身に着けていた……」

老人の目が突然、輝きを放った。
「シルクハット! 妙なこともあるもんだ、昨日ちょうどそのログを読み出していたところだ。理由は分からんがな。もう何年も現物を見ていないが、最後に装着したのは義妹の葬儀ログの時だ。50年前か。もちろん、その場限りの礼服のサブスクだったがな」

「シルクハットのスペックはどうでもいい」ウィンストンは忍耐強く、ターゲットの修正を試みた。「要点は、これら資本家という管理者たちが、世界の全権限を握っていたということだ。すべては彼らのインセンティブのために設計されていた。一般ユーザーであるあなたたちは、ただの奴隷だった。彼らは望めばあなたたちを別のリージョンへ家畜のように移送し、あなたの家族を私物化し、物理的な罰を与えることもできた。彼らの前では、常に敬意を示すプロトコルを強制されていた。『追従者(ラッキー)』の群れを引き連れて……」

老人が再び反応した。
「『追従者(ラッキー)』! 久しぶりにロードされた単語だ。懐かしいな。昔の日曜の午後、ハイドパークという外部エリアへ行って演説を聞いたもんさ。あらゆる宗教や人種のスピーカーがいた。その中に一人、実に強力なデベロッパーがいてな。そいつが叫んでたよ。『追従者(ラッキー)め! ブルジョワジーの末端ユーザーども!』とね。もちろん、労働党のことを指していたんだがな」

ウィンストンは、通信が完全にクロス(不整合)しているのを感じた。
「私が知りたいのは、システム的な『自由度』の比較だ。今のOSになって、あなたはより人間らしい権限を与えられていると感じるか? 昔の上層部、特権クラスの人々は……」
「貴族院(ハウス・オブ・ローズ)だな」老人が回想を挟む。

「名前は何でもいい。私が聞いているのは、彼らがリソースを保持しているというだけの理由で、あなたを劣等なアカウントとして処理できたのか、ということだ。例えば、彼らの前を通り過ぎる際、常に『サー』という接頭辞を付け、頭部デバイス(帽子)を操作して敬意を示すのは、必須のプロトコルだったのか?」

老人はディープ・ラーニング(深思)のポーズを取り、ビールという名の冷却液を流し込んでから出力した。
「ああ。連中はユーザーが帽子に触れて敬意を示すのを好んだ。俺は納得してなかったが、そうせざるを得なかった。それが当時の標準仕様(スタンダード)だったからな」

「では、こういうログは事実か? ――履歴書にある記述だが――彼らやその配下たちが、あなたを正規ルート(歩道)から排除し、溝へと突き落とすようなことは?」

「一度だけ、そのエラーが発生したことがある」と老人は言った。「昨日の出来事のようにキャッシュされているよ。ボートレースの夜だ。あの夜の連中は酷い高負荷状態でな。シャフトズベリー通りで、シルクハットを被った若い紳士に衝突したんだ。そいつは歩道上でジグザグに蛇行していて、俺が偶然ぶつかってしまった。そいつは『どこを見てるんだ』と警告し、俺は『このパスはお前の専用ラインか?』と返した。するとそいつは『首をねじ切るぞ』と脅しやがった。俺が法執行機関(警察)へ通報すると言うと、そいつは俺の胸をプッシュし、バスの走行ラインへと突き飛ばしやがった。俺も若ければ物理的な反撃を試みたが……」

ウィンストンは無力感に包まれた。老人の記憶に残っているのは、詳細だが無価値な「ゴミデータの山」に過ぎなかった。いくらクエリを投げても、マクロなシステムデータは得られない。党が提供する履歴(歴史)は、ある意味では正解なのかもしれない。彼は最後のクエリを投げた。

「1925年、あなたは既に成人し、フルスペックで活動していた。当時のUX(ユーザー体験)は、今より快適だったか、それとも劣悪だったか? もしOSを選べるなら、どちらの時代にログインしたい?」

老人は思索するようにダーツボードを見つめた。冷却液をゆっくりと使い切り、哲学的なトーンで出力した。

「あんたが期待する答えは分かってる。若かった頃のバージョンに戻りたいと言わせたいんだろ。大抵のユーザーはそう答える。若ければハードウェアの性能も高い。だが俺の年になれば常にシステムエラーだ。足は痛むし、膀胱の排泄処理もコントロール不能だ。一晩に何度もアラートで起こされる。一方で、年寄りというステータスには利点もある。昔のような心配事(プロセス)がない。女性という名の複雑なバグに悩まされなくて済むのは、最高の設定だ」

ウィンストンは窓枠に体を預け、セッションの終了を悟った。老人が「排泄処理(トイレ)」に立った隙に、彼は店を出た。あと20年もすれば、「旧OSの方が良かったか?」という問いに答えられるアクティブなアカウントはこの世から消失する。

生き残った人々は、同僚との口論や紛失したパーツ、数十年前の埃の舞い方といった無用なキャッシュは保持していても、システム全体の構造(歴史)は視界の外にある。彼らは小さなオブジェクトは認識できても、マクロな構造を把握できない「アリ」と同じだった。

記憶が摩耗し、記録が偽造されたとき、党が主張する「改善された世界」という公式声明は、唯一の真実として確定される。なぜなら、それを検証するための比較基準(リファレンス)が、もはやこの世界のどこにも存在しないからだ。

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