その瞬間、思考プロセスが遮断された。彼は足を止め、周囲の環境を認識した。住宅の間に並ぶ、暗く小さなショップ。頭上には、かつて金メッキされていたであろう、変色した三つの金属球。
彼はその座標を知っていた。当然だ。そこは、日記帳を購入した「ショップ・チャリントン」のフロントだった。ウィンストンのシステムに、恐怖という名の警告音が鳴り響いた。あの日記を買ったこと自体が致命的な脆弱性(リスク)であり、二度とこのエリアには近寄らないと誓ったはずだった。
それなのに、思考の優先度を下げた瞬間に、足はオートパイロットで自分をここへ連れ戻したのだ。こうした自殺行為的な衝動から自分をガードするために、日記というログを書き始めたはずだったのに。同時に、時刻は21時近いというのに、店がまだ「オンライン(営業中)」であることに気づいた。歩道で目立つのを避けるため、彼はドアをくぐり、店内へと滑り込んだ。
ウィンストンは、内部へとエントリーした。万が一の検知(質疑)に備え、「カミソリの刃の調達」というダミーの目的(スクリプト)を用意した。オーナーは石油ランプというアナログな光源を起動したところだった。そこには不潔だがどこか安心させる香りが漂った。彼は60歳前後、脆弱なハードウェア(肉体)を持ちながらも、知的なバックグラウンドを感じさせる老人だった。そのアクセントは、標準的なプロレ(一般ユーザー)よりも解像度が高かった。
「歩道にいるあなたを認識していましたよ」オーナーは即座に応答した。「あの日記帳(レガシーデバイス)を購入されたユーザーですね。あれは実に高品質なメディア(紙)でした。50年は生産されていない規格です」老人は眼鏡越しにウィンストンをスキャンした。「何か特定のクエリがありますか? それとも、ディレクトリ内を見て回るだけですか?」
「通りがかっただけです。特定の目的はありません」ウィンストンは曖昧な応答を返した。「それで構いません」とオーナー。「満足なリソースを提供できるとは思えませんから。ご覧の通り、ここは空のディレクトリのようなものです。アンティーク商売は完全に終了しました。需要もなく、在庫もありません。ハードウェア(家具や陶器)は物理的に破壊され、金属製品はすべて再利用(溶解)されました。真鍮の燭台など、もはや伝説上のデータです」
狭い店内はガラクタでフルスタック状態だったが、価値のあるデータは皆無だった。壁際を埋め尽くす埃を被った額縁。ウィンドウには錆びたボルト、折れた刃物、非稼働状態の時計といった、ジャンクパーツの山が並んでいた。ただ、隅のテーブルの上にだけ、瑪瑙(アゲート)のブローチなど、興味を引く可能性のあるオブジェクトが散乱していた。ウィンストンがそこへアクセスすると、ランプの光を反射する滑らかで丸いオブジェクトが目に留まった。
それは重厚なガラスの塊、ほぼ半球状の物理デバイスだった。雨水のような独特の質感。その中心部には、レンズ効果で拡大された、ピンク色の複雑な構造体――珊瑚――がパッキングされていた。
「これは何ですか?」ウィンストンは魅了され、問いかけた。
「それは珊瑚です」老人は解説した。「100年以上前、ガラスの中に埋め込まれたものです。見たところ、もっと古いバージョンの可能性もありますね」
「美しいオブジェクトだ」とウィンストンは評価した。
「ええ。ですが、現行の感性でそれを評価するユーザーはもういません」老人は咳払いをした。「もし購入を希望されるなら、4ドルです。かつては8ポンド――莫大なリソースを必要とする価格で取引されていましたが、今や誰も本物のアンティークなど気に留めません」
ウィンストンは即座にリソース(4ドル)を支払い、その貴重なオブジェクトをポケットに格納した。惹かれたのは、美しさ以上に、それが現在とは全く異なるプロトコル(時代)に属しているという事実だった。一見して「無用」であるという点も、最高の付加価値だった。重厚なガラスはポケットの中で存在感を放ったが、幸い外部からは検知されにくい形状だった。党員がこのような古い、それも美しいものを保持することは、それ自体がシステムへの反逆(疑わしい行為)だったが、彼は抗えなかった。
「二階の隠しディレクトリ(部屋)もご覧になりますか?」オーナーは別のランプを起動し、摩耗した階段を案内した。案内された場所は通りに面していない、完全にプライベートな空間だった。驚くべきことに、そこには家具が「生活の形」を維持したまま配置されていた。12時間計の旧式時計、巨大なベッド、肘掛け椅子。
「妻を失うまで、ここで暮らしていました」老人は、過去のログを語るように言った。「家具は少しずつ切り売りしていますが、このマホガニーのベッドなどは、害虫さえ駆除できれば逸品ですよ」
ランプに照らされたその部屋は、不思議なほど魅惑的なUI(空間)に見えた。もしリスクを許容できるなら、ここをセーフハウスとしてレンタルするのも一つの手だ、という無謀な思考が走る。その部屋は、彼の中に「先祖代々の記憶(アーカイブ)」を呼び覚ましていた。誰もあなたを監視せず、誰もあなたを追跡しない。時計の刻む音だけが響く、完全にスタンドアロンな、安全な空間。
「テレ画面(監視システム)がない!」彼は思わず呟いた。
「ああ」老人は答えた。「そんな高価で不要なデバイスは、一度も必要としたことがありません。さて、あそこのテーブルも蝶番さえリペアすれば現役で使えますよ」
もう一方の隅の本棚には、ガラクタしか残っていなかった。知の破壊(パージ)は、プロレ居住区でも徹底されていた。1960年以前にプリントされた物理書籍など、この世には存在しない。老人は暖炉の上、ローズウッドの額縁に入った絵の前に立った。
「古い版画に興味はありますか?」
ウィンストンはその絵をスキャンした。楕円形の建物、正面の小さな塔。それは現在の廃墟となった法廷の外にある建物の、かつての姿だった。
「知っています。今は瓦礫ですが、かつては教会でした。名前は……」
「そうです、セント・クレメント・デーンズ」老人は、少し滑稽な、しかし懐かしいプロトコルを再生するように微笑んで付け加えた。
「オレンジにレモン、セント・クレメントの鐘が鳴る!」
「それは何です?」とウィンストン。
「ああ――『オレンジにレモン、セント・クレメントの鐘が鳴る』。私が子供の頃の数え歌です。続きは忘れましたが、結末は知っています。『お前を寝かせる蝋燭がやってくる、お前の首を切り落とす斧がやってくる』。一種のダンスゲームでした。差し出された腕のゲートをくぐり、最後のフレーズで捕まるのです。ただの教会の名前を並べただけの歌ですよ。ロンドンの主要な教会はすべて網羅されていました」
ウィンストンは、そのオブジェクト(教会)がどの世代のプロトコルに属するものか考えた。ロンドンの建物のバージョンを特定するのは困難を極める。立派な外観で比較的新しいものは、すべて「革命後の建築」と定義され、明らかに古いものは「中世」という曖昧なディレクトリに放り込まれる。資本主義時代の数世紀間は、価値ある成果物を何一つ生成しなかったことにされているのだ。建築から歴史を読み出すことは、書籍から読み出すのと同様に不可能だった。過去を照らす可能性のあるログ――彫像、碑文、通りの名前――は、すべて組織的に改ざんされていた。
「そこが教会だったとは知りませんでした」
「実際には多数現存していますよ」と老人は言った。「用途が変更されているだけです。さて、あの歌はどうだったかな。ああ、思い出した! 『オレンジにレモン、セント・クレメントの鐘が鳴る、三ファージングの借りがある、セント・マーチンの鐘が鳴る』――ここまでです。ファージングというのは、かつての小さな銅貨(低額通貨)のことですよ」
「セント・マーチンの座標は?」
「セント・マーチン? 勝利広場の隣、美術館の横に現存していますよ。三角形のポーチと柱がある、大きな階段の建物です」
ウィンストンはその場所を熟知していた。そこは現在、ロケット爆弾の模型や敵の残虐行為を示す展示など、プロパガンダ用コンテンツのアーカイブ(博物館)として運用されている。
「昔は『セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ(野原の中の)』と呼ばれていました」と老人が補足したが、その付近に野原(オープンフィールド)があった記憶など彼にはなかった。
ウィンストンはその絵(版画)を購入しなかった。ガラスのペーパーウェイト以上に不自然な所有物であり、額縁ごと持ち帰るのはリスクが高すぎた。だが、彼は老人の――本名がウィークスではなく、チャリントンであることを知った――との対話を数分間継続した。チャリントン氏は63歳、30年間この店を管理していた。会話の間、不完全な数え歌がウィンストンの脳内でループし続けた。それは不思議な感覚だった。失われたロンドンの鐘の音という、かつてのBGMが、どこか深い階層で再生されているような錯覚。現実の生活で教会の鐘の音を一度も聞いたことがないにもかかわらず。
彼はチャリントン氏と別れ、一人で階段を降りた。出口で周囲をスキャンしている姿を見られないためだ。彼は既に、一ヶ月ほどのインターバルを置いて再訪することを決めていた。センターでのタスクをサボるのと同程度のリスクでしかないはずだ。そもそも、店主の信頼性も不明なままここに戻ったこと自体が致命的なエラーだったが、それでも……。
そうだ、彼はまた戻ってくる。さらなる「美しいガラクタ」を収集する。版画をジャケットの下に隠して持ち帰り、チャリントン氏の記憶から歌の残りを抽出するのだ。二階の部屋をセーフハウスにするという無謀なプロジェクトさえ再浮上した。高揚感により数秒間ガードが甘くなり、彼は周囲を索敵せずに歩道へとステップした。即興のメロディをハミングしてさえいた。
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【ログから消された「質感」への回帰】
ウィンストンが手にした「珊瑚のペーパーウェイト」は、効率と合理性が支配する党のシステムにおいて、完全な「バグ」として機能します。J.S.ミルは『自由論』で、個人の自発性や多様な経験が社会の進歩に不可欠だと説きました。しかし、この物語における「美」の追求は、進歩のためではなく、剥奪された「人間性の記憶」を取り戻すための絶望的なハックです。
役に立たない、ただ美しいだけのオブジェクトを愛でる。監視のない「空のディレクトリ(二階の部屋)」を夢想する。これらは体制から見れば非効率なエラーですが、個にとっては自己を定義するための聖域です。私たちが無意識に選ぶ「心地よいガラクタ」にこそ、支配不可能な個の核が宿っています。