世界は「正しく」なったが、心は死んでいる
「この100年間、貧困は激減し、平均寿命は伸び、女子教育も普及した。データを見れば、世界は着実に良くなっている。」
—ハンス・ロスリング『FACTFULNESS』より
世界は劇的に改善した。これは動かせない事実だ。 インフラは整い、飢餓は遠のき、私たちはかつての王族以上の利便性を手に入れた。 だが、その「正しい世界」のど真ん中で、なぜこれほどまでに虚無感が漂っているのか。
原因は、世界が豊かになった結果、生み出された「無意味な仕事」という現代の牢獄。 ここで『ブルシット・ジョブ』の主張を見てみよう。 物理的な問題が解決された後に残ったのは、魂を削り、時間をドブに捨てるだけのクソったれな労働だ。 私たちは、清潔で安全な檻の中で、ただ意味のない車輪をハムスターのように回し続けている。
それぞれの書籍については以下の記事を参考にしてもらいたい。原典を知ることでより理解が深まるだろう。
ケインズが夢見た「週15時間労働」の成れ果て
1930年、経済学者ケインズは予測した。 技術革新が進めば、20世紀末には人類の労働時間は「週15時間」になると。 生活に必要なものはすべて自動化され、人間は余った時間で教養と遊びに耽る。 そんなバラ色の未来が来るはずだった。
現実はどうだ。世界は『ファクトフルネス』が示す通り、確かに豊かになった。 しかし、私たちはケインズの予測とは裏腹に、依然として週40時間以上拘束されている。
なぜか。それは、生産性が向上して空いたはずの時間を、資本主義が「無意味な仕事」で埋め尽くしたからだ。
かつての労働には、実体があった。 パンを焼き、家を建て、手紙を届ける。そこには明確な「手応え」が存在した。 しかし現代の労働の大半は、書類のための書類を作り、会議のための会議を重ねる。
システムを維持するためのシステム。そんな実体のない「仕事ごっこ」が、私たちの時間を食い潰している。高度化しすぎた社会において、人間はもはや知的な主体ではない。
ただ、システムという巨大な機械が吐き出す「エラー」を処理するだけの、代替可能な部品へと退化した。 『ファクトフルネス』が描く右肩上がりのグラフの裏側で、私たちの自己充足感は右肩下がりに死滅している。
『ファクトフルネス』では見えない私たちのクソったれな仕事を乗りこなす
労働がクソである事実は変わらない。ならば、そのクソを「肥料」に変えるのが知性の役割だ。 『ファクトフルネス』のデータに救われず、『ブルシット・ジョブ』の虚無に沈むだけの観客で終わってはいけない。 ここで、自分という「銃」を磨くための「予測と修正」を普段の仕事で意識する。
事務作業でも、営業でもやり方は同じだ。 組織が求める「正解」をただなぞるのをやめ、自分だけの「計測ルール」を現場に持ち込む。 例えば、次の1時間の動きを秒単位で予測し、実際のラップタイムを計測する。 ズレが生じたら、その原因を即座に特定し、次の1時間で修正をかける。
この瞬間、仕事は「やらされる苦行」から「己の知能指数を試す実験」へと私物化される。 客観的には無意味な作業でも、内側では「予測精度の向上」という高度なゲームが展開されている。 この「予測と修正」のループを回し続ける限り、脳は死なない。 むしろ、どんな劣悪な環境でも牙を研ぎ続け、圧倒的な当事者意識が脳に宿る。
一生「仕事が面白くない」と嘆く人間は、自分の知性が劣っていることを棚に上げている。 面白さは与えられるものではなく、自分の照準器で切り取るものだ。 クソったれな現場を、自前の銃を調整するための「射撃場」として使い倒すんだ。 その精度が極限まで高まった時、お前はいつでもその牢獄を撃ち抜き、自由へと脱走できる。
現代の「幸福と息苦しさ」が同居している歪さは、資本主義がもたらしたものだ。資本主義についての理解を深めたいのであれば、以下の書籍をおすすめする。
【引用・参考書籍】
『FACTFULNESS』 ハンス・ロスリング著
解説:世界を正しく見るための羅針盤。だが、個人の労働の質までは救ってくれない。
『ブルシット・ジョブ』 デヴィッド・グレーバー著
解説:仕事の虚無を暴く劇薬。この絶望を認めることが、ハックの第一歩。